Aプログラム
3月26日(金)19時  27日(土)14時

宮澤賢治
「貝の火」


小林元香
「貝の火」とは、英雄に与えられる中に火の燃える宝珠。兎の子ホモイはひばりの子を命懸けで助け、鳥族からこれを与えられる。英雄の印をもったホモイは、動物
たちの憧憬と畏怖を集めるが、そのことによって、次第に世の中に対する態度をかえていく。心配した父兎はホモイを叱り、ホモイが狐にそそのかされ、他者への思いやりに欠けた行動を取るたびに、その珠の曇りや傷を言うが、珠の光はますます輝いていく。大正11年の作品。11月花巻農学校で賢治が生徒に読み聞かせたとされている。同年同月に妹トシが永眠。

横光利一
「蝿」


藤田三保子
 新感覚派と呼ばれた横光利一の、実験的技法による作品。ある宿場の馬車の乗り場。馭者はいつものとおり、出発の時間までを饅頭やの店先で将棋を指して過ごして
いる、馬車に乗るために、息子の危篤の知らせを受けた農婦、駈け落ちの男女、母と子、ようやく商売で儲けた仲買人の中年、が集まってくる。宿屋の柱時計が十時を打って、ようやく馬車は出発する。が途中、馭者は居眠りをはじめ、崖にさしかかった馬車は、目隠しをされた馬が足を踏み外し、遥か下の川底へと落ちていく。ただ一匹、馬の尻にとまっていた蝿だけが、そのすべてを見ていた。大正12年。

菊池寛
「藤十郎の恋」


瀬田ひろ美
 元禄、京歌舞伎の第一人者、四条万太夫座の坂田藤十郎は、傾城買いの名人として名を知られていた、が、芸の行き詰まりは、誰よりも本人が自覚している。時も時
、江戸から上った中村七三郎が真を映す芸風によって人気をさらい、藤十郎もこれに対抗、近松門左の筆になる密夫(みそかお)の狂言を打つ事となる。初日も迫ったある日、藤十郎は人妻を寝取る密夫の芝居に苦心していた。核がつかめない。顔つなぎの宴を抜け出した藤十郎は、かつて美しき歌姫としてうたわれ、今は貞淑の噂高いこの茶屋の女将、お梶と、離れで二人きりとなる。大正8年。

Bプログラム
3月27日(土)19時 28日(日)14時 

森鴎外
「高瀬舟」


古木杏子
 神のごとき愚者と、愚者のごとき神は、森鴎外が「高瀬舟」と「寒山拾得」で描いた人物像である。遠島の大罪者を乗せ高瀬川を下る舟に、同心羽田庄兵衛は弟殺しの喜介と同行していた。雲に従い光を増減させる月をただ見つめ続ける喜介。庄兵衛はその満ち足りた態度が腑に落ちない。喜介によって語られる、弟の自死に手を貸し、それを殺人と見られた一部始終。そして犯した罪により、それまでただ生きるためだった生を、初めて、自らのものに感じられている様子。庄兵衛は、その解せないものの答えは、なにか大きなものにしか分からないと考える。大正5年。

志賀直哉
「正義派」


平野雄一郎
 或る夕方、路面電車が女の子を誤って轢き殺した。母親の悲鳴で三人の線路工夫が顔を上げた時、子供はもう車体の下に飲み込まれる所だった。工夫には運転手のブレーキの掛け誤りのようにみえた。人だかりが出来て、巡査と、やがて電車会社の監
督がやってくる。
 監督は運転手に電気ブレーキの使用を確認した。運転手は力なく返事をする「掛けました」。「そら使ってやがる」工夫の一人だった。その後の警察の審問で、会社の取り成しにもかかわらず、工夫たちは或る興奮と伴に真実を訴える。その興奮は、自分たちが正義であるという思いによっていた。大正元年。

太宰
「竹青」
目黒幸子
 女房にも軽蔑され、学の道を目指しながら科挙の試験に落ち続ける落第書生魚容は、カラスを神のつかい鳥とする呉王廟洞庭湖畔にその群れを見上げ、人生を嘆いていた。と、そこに黒衣の男が現われ、カラスとしての人生を与えられる。生まれ変わった魚容は同じカラスの麗人「竹青」に愛され、これを妻とし、遠く漢陽の新居へ。さながら桃源郷のごときその風景を目のあたりにした魚容のつぶやきは、この風景を郷里の女房にも見せてやりたい、という一言であった。人の生き方を捨てられない魚容。竹青は、それこそが試験であったと告げる。聊斎志異を元にする昭和22年の作。