2004年 石川県中島高校演劇コースワークショップ
&
全校演劇鑑賞「モノドラマ」


 6月25日 石川県の中島高校で毎年行なっている「演劇コース」向けのワークショップと、
 今回は初めて、「モノドラマ」公演を全校生徒に観てもらうことが出来ました。
 演目は古木杏子演じる「高瀬舟」と小林元香演じる「貝の火」です。

 上記新聞記事にもあるように、中島高校は2000年に普通コースに加え、「演劇コース」を設置。演劇に関わる授業がより多く受けられる「演劇コース」は、将来有望な演劇人の卵の集まりです。また今回は普通科の生徒たちにも「モノドラマ」を観てもらうことが出来たのは嬉しいことです。演劇の町の住民として、より多くの演劇に携わってくれれば嬉しく思います。

 以下、生徒さんたちが感想文を書いてくれました。少し長くなりますが、一つ一つ良く考え、いろいろ想像して書いてくれています。どうぞゆっくりと読んでみてください。

モノドラマを鑑賞して
【K.N.さん】演劇コース
 鑑賞前日に、モノドラマとはどういうものかを少し説明してもらった。一人でやると聞いたときには驚いた。ある空間に一人の人がいて、その他は何もない。観る人の想像力によって、世界が広がる……。何故か不思議に感じた。そして、早く見たいとも思った。
 演じる作品は「高瀬舟」と「貝の火」。この二つの有名な話をどうやって一人で演じるのか。何人かでやっても難しいのではないかと思った。ところがどっこい! 見えてくるものなんですね。まるでNHKでやってる「お話の国」みたいだった。高瀬舟は、もともと知っている話だったので、さらに想像しやすかった。「きすけ」と名が出ただけで涙した。同意殺人という難しい問題提起があるのにも関わらず、分かりやすく、それもすんなり心の中に入ってくるものだった。やっぱりプロは違うなあ。
 貝の火は、貝の火で考えさせられました。高瀬舟が終わった後にすぐ始まったのに、もう別世界にいました。木とかの道具はあったけど、それにしても世界を一瞬のうちに変えられるのには感動しました。そこが演劇のすごいところの一つなんだろうか?
 今回見て、一人芝居のときは、音響や照明も大切だということが分かった。卒公の時の照明もなんとなく見てたけど、色一つでいろいろな効果が得られることを改めて知った。もう少し舞台技術のことも知りたいと感じた。
 二日間にわたって、原田さん、古木さん、小林さん、ありがとうございました。やっぱ演劇って楽しいなあ。これからも勉強していこうと思います。
【O.Aさん】演劇コース
 生まれて初めて1人芝居を見ました。はじめの「高瀬舟」は中学校の時、国語の授業で何度か読んだことがありました。だから、芝居が始まったとき、イメージがスッと浮かんで、目の前が急にいろんな物になったことを覚えています。
 舞台のセットは平台1枚、そんな簡単なセットなのに、登場人物の喜助と庄兵衛が会話しているように見えました。
 舞台の上には、もちろん1人しかいません。ナレーター、登場人物2人を全部1人で演じているのです。しかし、観客席から見ると、不思議なことが起こり、ムクムクと人物が生まれてくるのです。
 私は彼女の演技に鳥肌が立ちました。ただでさえ長く内容理解が難しい「高瀬舟」を覚え、彼女なりの色を付け、客に見せる。演劇人にとっては当たり前のことですが、私はただただ、感心するばかりでした。
 私は今回の「モノドラマ」で沢山のことを学びました。自分の言葉の一語一句で、お客さんが感動し、時には痛みや悲しみを感じたり、主人公の人生に共感する。そんな役者になりたいと思いました。
【H.E.さん】演劇コース
 1人でどのようにして劇をすすめていくのだろうと思いながら、始まるのを待っていました。劇の前に原田さんが「想像力をはたらかせて、この劇を見てほしい」と言いました。
 始まってからは、むずかしそうな話だなと思いました。今の時代ではありえないことだったので想像しにくかったです。でも役者さんの気持ちや表情から、舞台にないものが見えてきました。弟の首のカミソリを抜く瞬間や、舟に乗っている様子がよくわかりました。女の人が演じていたのに、男の役にピッタリはまって声も通っていたので聞こえやすかったです。次の劇も子供の役だったけど、話とセリフの言い方が違うように言っていて、長いセリフの中にたくさんの気持ちが入っていて良かったと思います。
 私が一番心に残っているのが照明です。役場ホールの照明の数は演劇堂からみるとだいぶ少なくなって、光も小さくなっているはずなのに、演劇堂と同じくらいの照明に感じました。はじめの劇は、暗い感じで静かだったので、青などの暗いイメージの照明が多く、うしろの幕が黒だったので、よけい暗いイメージになっていました。それとは逆で、次の劇は輝かしいくらいの照明の量で、舞台が広く感じました。劇で使っていた玉にあたっていた赤い照明が本当に玉が光っているように見えていました。家に帰った時と、野原の時の照明がまったく違って、照明一つを変えただけなのに、こんなに舞台の感じが変わるんだなと思いました。いつも小さいと思っていた役場ホールが大きく見えました。
 また、機会があったら「モノドラマ」を見たいと思います。一人で劇をやっていたのに、あきなくておもしろい劇でした。
【K.S.さん】普通課
 「モノドラマ」を見て第一に思ったことは、この話の中身の奥深さへの感動と驚きである。私が今まで見た演技の仕方とは異なる所も、とっても新鮮味があり目を見張るところがあった。
 まず、「高瀬舟」の話だが、この話に登場してきたキスケという男はとても無欲だった。人間は必ず何らかの欲を持っているはずだ。それなのにこの男には欲という欲がなかった。なぜなのだろうかと思った。そして逆に、なぜこれほどまで冷静でいられるのかと不思議にも思った。しかもこの疑問は話を聞けば聞くほど難解で、私の頭の中は混乱した。でも、最終的に私は思った。弟という大切な存在を殺してしまったという罪悪感がこの男をこれほど落ち着けているのではと。
 人は何らかの罪を犯すと、自分はなぜこんなことをしたのかと考える心がある。自分の冒した事を反省する心がある。そして、その罪を心の中で受け止め認めることで人は覚悟ができてその罪をつぐなっていこうとする。だから迷いも不安もなくキスケは高瀬舟に乗っているのだろうと思う。
 しかし、弟は自分でカミソリを首に当てて死のうとしたと言っていたけれども、死にきれずに苦しんでした。弟に「殺してくれ」と言われ覚悟を決め殺した。これは「殺した」というのかと思った。そして、同時に悲しかった。たった一人の肉親を自分の手で殺さなければいけなかったキスケと、兄の負担を少しでも軽くしようと死を選んだ弟。きっと兄は大切な弟を殺すのは、「つらい」という言葉で言い尽くせないほど苦しかっただろうし、きっと弟は自分自身を殺そうとする、いや、自分など兄の負担になるだけで生きていても仕方ないと思うのはつらかっただろう。つまり死のうと思うまでの覚悟は半端じゃなかっただろう。あまりにも悲しすぎた。逆にそこまで思える兄弟愛は今の人の心には存在するだろうかと思うと、今の世の人の心の冷たさがとても私を淋しくさせた。
【K.T.さん】普通課
 「モノドラマ」高瀬舟・貝の火を鑑賞して、私はすっかり話に入り込んでしまい、舞台上の役者の演技一つ一つにとても深い間隔を覚えました。特に「高瀬舟」にとても引かれて、話が終わった後でも考えをめぐらせる程でした。弟にしてやった喜助の行為は真に罪なのでしょうか? 結果的に弟に手を下したのは喜助自身であり、それを殺人の罪として問うのもまた一程ですが、苦しむ者に、また苦しみつづけるものに死を与えてやるのもまたやさしさではないでしょうか。弟は病に苦しみ、また己が兄の重荷になっていると確信して、またそれを恥じて生き続けることは、もしかしたら死よりも重く苦しいことだったのではないでしょうか。だから自殺を図り最後に兄にとどめを刺してもらって死に行く、それが弟から兄への最後のわがままであり、礼だったのではないだろうかと、そして兄はそれを受け取って自身への弟からの最後の願いとしてかなえてあげたのではないのでしょうか。それによって、己が罪人になることも思案の中にはおよんではいたでしょう。ですが最終的に弟への情を取って刃を取り引き抜いたのでしょう。第三者から見れば本当に罪に問うて良いものか悩み苦しむでしょう。ですが私は両方が罪人なのだと思います。どんな状況であれ、弟に死を与えてしまった兄も、また兄へ死を願い殺しの罪を追わせた弟も。ですが、兄弟の中には罪などという言葉以上に大きなモノが存ったのではないのでしょうか。
【E.R.さん】演劇コース
 今回、初めてキンダースペースの芝居を見ましたけど、すごく面白かったです。二つの話の内容はほとんど正反対と思うぐらい違ったし、それを演じる古木さんと小林さんの表情や目も違っていて、そういう表情から変えないと客に想像させることは無理なんだと思いました。
 古木さんの高瀬舟は、初めの方はすごく暗い感じで話もしーんとした内容だったけど、話が進むにつれてすごく盛り上がりがあったので、一番盛り上がりの部分が想像できました。でも、自分の中で高瀬舟は昔の話だと思っていたら話の中で「カミソリ」という言葉など出てきて一気に自分の中に想像していたものが崩れてしまって困りました。けど、時代設定や人がどんな格好とかのイメージはなくなっても、今、話の中で起きていることはすごく想像できたので楽しかったです。
 小林さんの貝の火は明るい感じの作品だったので見やすかった気がしました。貝の火は少し小道具を使っていたり、舞台上の立つ位置によってそこはどこの場所なのかがわかりやすかったです。あと、高瀬舟は人間の話というのもあってか、古木さん自体が想像する物語の中にいたけど、貝の火は目の前で小林さんが、うさぎ・きつねなどの役をやっていたけど、自分の想像する中には本当のうさぎやきつねしか出てこなくて、その違いもすごく楽しめました。
 一人芝居は自分もたぶん生まれて初めて見たけど、何人かでやるのとは違った楽しみ方が出来て本当に良かったです。
【M.C.さん】演劇コース
 「高瀬舟」はテーマが重く、深くて難しい、というのが第一印象でした。私はモノドラマというのを見たのが初めてで、どういったものか良く分からなく、大人数でやる芝居を一人でやるだけのものだと思っていたので、対話の時なんかはせわしなく立ち位置を変えるものだと思っていました。けれど実際は台詞というよりもナレーション的なものの方が多く、動きも決してせわしいものではなく、想像していたものよりもとても見やすかったです。「高瀬舟」で一番印象に残っているシーンは喜助が苦しむ弟を楽にしてやった瞬間におばあさんが戸を開けたシーンです。照明効果と音響効果で本当にその場が「夕暮れの喜助の家」に見えました。その時に改めてモノドラマでは何人かでやる芝居以上に、照明や音響で世界観を創り出すことが大事なんだと思いました。
 「貝の火」は「高瀬舟」ほど難しさは感じられませんでしたが、やはり考えさせられる内容だと思いました。こちらも照明や音響が素晴らしく、貝の火が燃えている時は本当にそう見えました。
 昨日のワークショップと今日のモノドラマ。劇団キンダースペースの方たちには本当にたくさんのことを学びました。これからもまた機会があれば是非なにかやってほしいと思います。
ワークショップに参加して
【D.M.さん】演劇コース
 ワークショップというものに参加するのはこれで2回目だけれど、全学年で参加した去年よりも少人数だったせいか、今回はより一層ワークショップを体験した感じだった。なんだか今回は見えないモノを自らの想像力・つまりイマジネーションをフルに活用することで、あら不思議、見えちゃったわー、という日々妄想狂・イマジネーション豊かなカニ座の私にピッタリな課題でした。
 何かをきちんと想像して、それを現実、つまり身体活動に持っていくのはとても難しいことだと感じた。考えるだけなら簡単なのに。
 縄跳びのやつなんて縄は見えてんのに体が追いつかないというなんとも情けない状態でした。俳優にそんなものすごい運動神経は必要ないと、原田先生もナニゲにフォローしてくれてましたが、さすがにここまでくると……何より本人が一番心配です。まあ、私の運動オンチなんてどうでもよくて。
 演劇する人は実際にお客に見える体とかの部分にも気を使わなきゃいけない。でも同時に、目では見えないことにも神経働かせなくちゃいけない。見えないものを見せる。見えるところ全てをさらす。じゃあ結局「見る」って行為は目を媒介にした一種の感受なのかなあとそんなことを考えた。そうすると俳優ってのはその見えないもの、隠れたもの、見える所、聞こえるもの全てをお客さんに伝えるための媒体かあ。うーむ哲学。なんにせよ演劇の世界はそれこそ哲学だらけの宇宙空間みたいに広い。だからこそこういうワークショップをもっともっとたくさん体験して、少しでも多くのものを感受できたらいいなあと。今日は本当にそうしみじみと思いました。貴重な体験をありがとうございました。

2004「モノドラマ」アトリエ公演へ

2004「モノドラマ」熊本県立劇場オンステージシアター公演へ

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